みつい 禮の演歌部屋


1996年・わが年賀状が優秀作品集に掲載(編集制作特定郵便局知多東部会)

2014年1月11日(土) UP
シニアライフ 音楽
 丹羽郡丹陽村から一宮市に合併したのは私が小学校6年生の時1955年(昭和30年1月1日)一宮市に編入されました。そして2005年(平成17年4月1日)一宮市 尾西市 木曽川町が合併して住所表記が丹陽町がなくなり一宮市三ツ井と簡素化されたが慣れ親しんだ町名が消えるのは一抹の寂しさがありました。しかし今でも保育園、小学校、中学校、公民館など公共施設にその名が残されているのはせめてもの救いです。この年賀状の前年度は阪神大震災に始まりあの忌まわしい「オーム事件」バブルの崩壊と以後明るい兆しが見えないまま3年前には立ち直りのない経済に追い打ちをかけるような東日本大震災 その時も救援物資分配時に整然と並びわれ先にと割り込む者などなく 海外によく見かける略奪行為もありませんでした。海外のメディアも沈着冷静な日本人を称賛、誇りにしたいものですね。実感は伴っていないながら災害で学んだ絆をバネにして、暮らし向きは良くなるという時代を見極めた人たちのコメントを信じるところから今年を始めましょう。
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by jijirei | 2014-01-11 07:04 | きまぐれ彩記

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愛知県一宮市より発信!みつい 禮の作詞活動、俳句作品、生き方が変わる名言、きまぐれ彩記などの記録
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